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X-INTERVIEW #3 "MOTO SASAKI"

「佐々木 元」プロフィール
2010年世界で最も権威のあるBMX界のアカデミー賞を受賞、その翌年2011年も受賞し日本人初の功績を残し全日本選手権や世界大会を転戦する中、世界で2人目のモンスターエナジーのアスリートになる。現在はXLARGE®やLUMINOX,SWANS,GOPROなど数々の企業に応援されて再びの世界一を目指して活動中。

2015年 世界大会FLATARK 4位(日本人最高位)
2015年 KOG全日本選手権 5度目総合優勝
2011年 NORA CUP 優勝
2010年 NORA CUP 優勝

 

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TSUBASA a.k.a JAM(以下T):第3回目となる”Xインタビュー”。まずはXLARGE®との出会いについて教えて下さい!

MOTO SASAKI(以下M):出会いは10年前。成人するかしないかくらいの頃でした。高校の時に怪我の期間があったんですけど、その頃、原宿へ行くのにすごく夢中になっていて。ひたすら人間観察していましたよ(笑)。それと同時にファッションへの興味も湧いてきて。それこそ当時からXLARGE®は好んで着ていましたね。そこから働きたいっていう意欲が湧いてきて、応募してみたら合格いただいて。ファッションとかカルチャーもいろいろ知りたかったんですよね。それが出会いかな。

T:XLARGE®の店頭で働いていたんですよね?

M:イクスピアリ店への配属でしたね。そこで1年半くらい。学校が浦安だったんで馴染みがあったのはもちろん、練習場所も浦安だったんで。浦安と舞浜を行き来して、朝も晩も練習できる環境でした。BMX→XLARGE®→BMXっていうライフスタイルを過ごしてましたよ。服はきっちりたたんでましたね、ひたすら。

T:そうだったんですね。なんだか親近感が湧きました(笑)。ではBMXとの出会いって?

M:生い立ちから話すと、昔、実は”テニス”をやっていたんです。それで尚且つ始めるのが遅かったもんですから…、テニスのコーチを目指してやっていました。それから高校生ですね、ヘルニアを患ってしまいまして。そして全く運動ができなくなった時期が続いている時、自転車いわゆる”ママチャリ”を盗まれまして(笑)。そんな時に当時の仲間に「どうやら、回したり飛んだりできる自転車があるらしい」っていうのを聞いて。近所のスポーツショップに買いに行きましたね。そしてそれを乗り始めてすぐの出来事。公園でたまたまプロのライダーを見かけて話しかけるや否やそのライダーさんに「それ、BMXじゃなくて街乗り用だよ」って言われて。ですからその当時は”BMX”っていう名前さえ知らなくて。でもそれを買わされてしまったことがとても悔しくてスポーツショップで、むかついて買い直した出来事は鮮明に覚えていますね(笑)。そこからとにかくのめり込みました。放課後はすぐ公園に向かって練習しては、日が暮れてきたら駅前で練習して。そのまま朝まで公園で寝て学校へ行くみたいな生活を繰り返していた日々でした。家に帰らなければ、当然ご飯も食えずっていう生活でしたよ(笑)。学生時代は新小岩に住んでいたんですけど、学校まで自転車で40分。そこから公園まで更に10分、往復考えたら1時間半近く。日によっては2往復する日もあったので3時間。それなら公園に泊まった方がマシだって思ってましたからね。定期的には帰ってましたけど。

T:破天荒っていうか、これぞ”ストリート”って感じですね。

M:とにかくハングリー精神は当時から強かったですね。何やっても辛くないというか。そしてもう時期も時期でしたね、進路相談の時に”BMX”以外のことは考えられず_に「大学行きません。BMXでプロを目指します」って言ったのはいいものの、当然家族と喧嘩になって18歳で初めての一人暮らしを始めました。そうなってくると当然アルバイトをしなくてはいけない。最初は飲食店でバイトをしていたんですけど、どうせならファッション的なところで勉強かつバイトがしたいと思って。そんな時にさっきも話した”XLARGE®”に入れさせていただいて。そこで生活を送りながらプロを目指していた日々でしたね。また今となれば向いてるのかなって思ったのが、”テニス”って相手がいないとできないじゃないですか?でも”BMX”って一人でひたすら練習できて、技も習うってよりは自分次第でどんどん身につけていけるので一気にハマりましたね。

T:のめり込んでしまうタイプってやつですかね?

M:始めて3ヶ月くらいの時に先輩に大会に出ることを勧められたんですけど、当時は当然のことながら全く勝てず。でも女の子に負けているのがとにかく悔しくて。そこから更に練習を重ねて重ねて、のめり込んで。高校生活の記憶なんて正直ほとんどありませんよ。自分で言うのは変ですがとにかく”BMX”の成長はその分早かったです。学校の成績は別として…。

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T:大会で初めて受賞したのっていつなんですか?

M:アルバイトを始めてからひたすら練習期間。プロ資格っていうのが日本に20人っていう決まりがあるんですね。年間3ラウンドの全日本選手権でアマチュアが1人ずつ上がっていくんです。そこでまず3人と、そして年間ランキングの上位3人を合わせて6人が上がるんですね。そして20人とその6人を合わせて入れ替え戦を毎年やるんです。自分が始めて出た年は当然ダメだったんですけど二年が経ったくらいかな、1stラウンドで3位取れて。そこそこ名も売れてきたんですけど、そこでまたヘルニアが爆発してしまって。そこから丸々1年間、全く練習もできなくなってしまって。その時は正直、自転車も預けて空白の1年を過ごしていました。その翌年ですかね。大会が見たくなって久しぶりに行ってみたんですよ。自転車も持って。そして駄目元でエントリーもしてみたんです。そしたら予選で10位通過しちゃって。その後、まさかの優勝を取って(笑)。そこでプロライダーになったんですよ。ブランクありまくりだったんですけど。そして尚且つ1stラウンド目から優勝できたわけですから、2ndラウンド目からはプロとして大会に出れて。そのデビュー戦ですね、プロクラスでも優勝してしまって。そこで始めてBMXで賞金もいただいて、世界に目を向けていくようになりましたね。

T:すごいですね。初めて世界を相手にした時ももしかして?

M:いや、最初は本当にきつかったですね。全く勝てなかったんですよ。けど、何故か世界との壁がそんなに遠く感じなくて。カナダに行った時、11人中6位という結果だったんですけど、単純に考えて上に5人しかいないじゃんって思って(笑)。そこから練習を積んでドイツ。当時一番レベルが高かった大会があったんですけど、予選3位で通過できて。そして決勝ですよね。周りの選手見渡したら、BMXだけで飯食えてる人しか居なくて。それこそ映像見て憧れてた人ばかりですよ。そんな中に無名の僕がなんでいるのって思いましたね(笑)。そこで尚更テンション上がって、その会場で夜もひたすら練習してたら…。パンクしてしまってホテルまで歩いて帰ることになって。当然疲れて決勝はボロボロでした。でもそこで始めて本当のプロになれると思って、禁煙なんかはもちろん、世界と戦っていくためにとにかく練習を積みました。何より”自分のオリジナルの技”。上手い選手の技が全部真似できれば強いってのは違くて。”佐々木元”っていうのはこういうライダーだっていうのをこの自転車にまたがって如何に表現していくか。帰ってきてから全日本プロクラスの大会に出るのも辞退して、隠れて練習の日々を過ごしてました。そして2009年にやっと完成したのが”モトスピン”。それを2010年になって披露したら世界No,1ライダー賞を穫れたんですよ。

T:そんなストーリーがあっただなんて。ところで”BMX”ってレース、パーク。そしてフラットランド。大きく分けて3つの競技があると思うんですけど、何故フラットランドの競技を選んだんですか?

M:なんでですかね。BMXの名前すら知らなかった当時の事もありますが、当然競技の種類なんて皆無でしたよ(笑)。自転車を買って、公園に行って、その種の競技を見たから。始めてみたのが”フラットランド”だったからですかね(笑)。むしろこれが”BMX”って思っていました。子供の先入観と近いのかも知れませんね。

T:逆にそれが良かったのかも…。

M:他の競技に目を向けたのなんてプロになってからですからね。とにかく周りに目を向けず、のめり込んで。運がいいってのはあるのかもしれないですけど、それよりも勘違いが多くてここまで来た気がするんですよ。さっき言ったように上に5人しかいないとか(笑)。海外に始めて行った時だってそうですよ。カナダにいくのにバックパック1つとビニール袋だけで乗り方も知らない飛行機に乗り込んで。当然、気候も全然違くて。そこで日本と海外の違いを知ったぐらいですからね。でもそこで違いを知ってから尚更、勘違いが続き…。例えば日本で雨が降ってたら、向こうは晴れてて練習してるんだな、俺もやんなきゃって練習に繰り出したり。ネームバリューも必要な競技ですけど、このまま誰にも練習量さえ負けなければ、絶対勝てると思って。

T:感覚がプロですよね。しかも元さんの場合、運も実力も兼ね備えている。

M:2010年の夏に世界No.1ライダー賞『NORA CUP』を受賞するまではかなり過酷なストーリーがあって、2010年の頭に代々木体育館でワールドクラシックっていう大会があったんですけど、16人しか出場枠がないうえに、その内11人は2009年の上位ランキングのライダーである必要条件もあって。2009年は大会に出ていなくて当然その中にはいなかったんですが、”モトスピン”っていう自己流の積み重ねが予選で功を奏して大会には出れたんです。そんなオリジナルの技を作ったっていうことが浸透するや否や、名もかなり売れてそこから国内の地方大会は2011年までは15戦15勝。2010年はまた全日本選手権で優勝出来て。そして2010年の夏に当時の世界チャンピオンが考案した隠れた才能を発掘しようっていう、世界中で行われた動画コンテストがあったんです。自分でYoutubeに動画をアッブして評価されるコンテスト「Ground Tactics」ですね。そして優勝者はそのチャンピオンと一緒にBMXに乗れる。BMXやってない人からすれば、『たったそれだけ』ではあるんですけど動画で世界一になれば実力も世界一だと思ったので、どうしても優勝したかった。とにかく気合い入れて動画の撮影に挑みました。2週間毎日10時間バイトした後に深夜1時~5時迄撮り続けて。3kmくらいのフルダッシュを毎日深夜に4時間やるって考えてもらえれば(笑)。そのようやく撮影出来た動画を投稿したら優勝。それが、まさか世界への飛躍になるとはその時は全く思いませんでしたね。その夏の動画コンテストでUPした動画が想像してたより遥かに反響を呼んでその年の秋に毎年行われてる『NORA CUP』(世界中のライダーが投票しその年の世界一を決めるBMX界のアカデミー賞)にノミネートされたんです!!でも…実はやらかしてて(笑)。世界中のライダーの投票でTOP5にノミネートされるとラスベガスに招待されるんですけど、まだ海外とメールのやりとりなんてしたことがなかったので気が付かなくてメールを受け取れず、国際電話でノミネートかつ受賞してるの知りましたからね。誰しもが羨む、名誉ある賞を直接受け取れなかった事がすごく悔しくて次の年も賞を取って、どうにかラスベガスに行きました。

T:本当にすごいですね。そういうのもあってやはり、Monster Energyのアスリートに選出されたんですか?

M:Monster Energyとの契約への道は全く違うんですよ。長いエピソードがあって…そこからモンスター契約への道へと進みましたね。
いま思うと、その頃から各ジャンルのモンスターアスリートの映像を観まくってましたね。NORA CUP以上に多方面において視野を広げて、自分のライフスタイルを少しずつ進化させようとしてたんだと思います。当時、BMX Flatlandでモンスターと契約している唯一のアスリートと一緒にアメリカへ行って、たまたま向こうのBMX誌「BMXPLUS」の方から僕の我武者羅な動きを嗅ぎつけて、取材をしてくれたんです。一時帰国するや否や、なんと僕の写真を表紙に起用したっていう超ビックリするようなメールが届きました。BMX史上最古の雑誌で初めて日本人が表紙になった一大事。それからモンスターが主催する海外で開催された大会に自分でエントリーして、結果3位でしたが表彰台に上がることができました。日本人としてBMX Flatlandのシーンに爪跡を残し続けて、自分の可能性を信じて毎日BMXに乗り続けていることが要因かどうか正直分かりませんが、モンスターのオファーに繋がったんだと思います。この我武者羅な自分へ更に「Unleash the Beast!」なライフスタイルを植えつけてくれたモンスターに感謝してます。

T:僕たちには絶対に真似できない努力ですよ。

M:モンスターのキャップ。これがとにかく被りたくて。オリンピック選手がしている金メダルと僕にとっては一緒ですね。こんだけの思いがあったからこそ動けたのかもしれないですね。

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T:そんな我武者羅な元さん、今オフシーズンですよね。練習もかなり追い込んでいるんですか?

M:大会前より多いんですよね、実は。尚且つ、技を作っていくためにとにかく地味な練習です。2013年から組み立てているんですけど”キックフリップ”っていう技があるんですね。”ジャスティンミラー”っていう史上最強って呼ばれるライダーが居たんですけど、彼がその技を残して引退したんです。でも引退してるんですよ?なのに史上最強ってのがとにかく悔しくて。そして2014年に追いつけたんですよね。でもまだそれはコピーの段階ですから。それを自己流にグレードアップして次に披露したくて。その”キックフリップ”に感覚が近いスケートボード。30歳から始めました。スケートボードの練習(笑)。普段、余程大きい大会がないと、大会に向けて練習しないんですよ。大会で勝ちたいのはもちろんですけど、常に新しい技を生み出したくて、それには大会にむけて練習してる時間が無駄。だから未来の自分自身への挑戦を常日頃行っています。だからオフシーズンでも毎日10kgの自転車引き上げて、肩が壊れるまで練習するんですよね。とにかくストイックに。

T:逆にオフの日って?

M:オフの日はなんにもしませんよ。テレビ見るにしても如何に体力を使わないように、寝っ転がって楽な姿勢で1日過ごすか。あとはイメージトレーニングや、最近だったらスケボーだけしたり。たまに買い物行ったりもしますけど、気が付いたら公園にいますね。結局好きなんですよ。”BMX”が。

T:そんな愛するBMXをやっていくにあたって、直近の目標と最終的な目標ってなんですか?

M:まずはやっぱり世界ランキング1位を取ること。アンダーグラウンドであるビデオだけで評価されても、結局は本番とは全く違うんですよ。動画でNo.1取れたからにはやっぱり本番でも。両方備わってなくてはいけないですからね。こうやってスポンサーがついてきてから、準優勝ばかりでまだ公式の世界大会で一回も優勝を出来てないのでもっと頑張らなければ駄目ですね。それと自分の事を応援してくれる”ファン”の方々で大会のスタンド席を埋め尽くしたいですね。優勝した時一緒に共感してくれる人が多ければ多い程喜びに変わりますから、きっと。
そして大会で勝って一緒に打ち上げ行きたいです(笑)。自分が毎日毎日ベストを尽くして練習し、大会で結果を出す。これが自分が出来るファンの皆様とスポンサーのみんな、家族、自分への今出来る最大の恩返しですから。最終的な目標は人それぞれ、その時その時で違うと思います。世界一になった時、そこからまた何か見えてくるはず。それを信じて今を頑張りたいですね。自分が残せるものをしっかり残して伝えていけたらなと思います。あとはXLARGE®の皆さんに大会を見に来てもらえるように(笑)

T:行かせてください!すっかりこのインタビューでファンになりましたからね。なんかドキュメンタリー的なものも是非、撮らせてもらいたいですよ。

M:是非是非!練習とかも見に来てくれたら、面白いものが見せれるかも。あとは、その方が皆さんが大会に来る理由付けもできますから(笑)。いろいろ魅せれるかなと思います。トッププロも予選で落ちてしまう緊張感なんてのは会場ならではですから。それも体感してほしいですし。

T:尚更見てみたいですね。BMXのこと、なかなかここまで詳しく知れていなかったので。すごい嬉しいです。では、最後となりました。何か抱負というか、皆さんに向けて一言いただきたいです。

M:とにかく今まで通り継続していくこと。13年間続けてきて、やっと今、全てをこの”BMX”に注いでいける時が来たんですね。やっと土台ができたんです。来年はとにかく上に。あとは伝えたいことが1つだけあります。こうやって今日、振り返ってみて尚更ですけど99%辛い事ばかりなんですよ。技が出来たときの1%の楽しみだけでやっています。生まれ変わったら絶対この職業選ばないですもん。ここ数年で若い子も”業界”に増えてきていて。どうやったら上手くなりますか?っていう質問を昔は良くいただいていたんですけど、最近は特に、どうやったらスポンサーつきますか?とかどうやったらプロになれますか?っていう質問に変わってきたんですね。でも僕にはそれは答えられないんですよ。これで生活していきたいからやっている訳ではなくて、これが本当に大好きだからやっているんですよ。だからそういう考えでやっていくんだったらそれはやめた方がいい。本当にこれを愛してほしい。そうしたら絶対にもっとこの競技と本気で向き合っていけるはず。どうやったら格好良くなれるか。服だって一緒ですよ。トップモデルと同じもの着たって当然、差が出ますよね。自分が格好良いと思うもの、好きだと思うものを信念持って着ていればそれが一番格好良いと僕は思います。だから僕はXLARGE®の洋服もMonster Energyのキャップも毎日身に付けているんですよ。


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